枚方市

又例えば行の中に出てくる水漏れ 枚方市などは、当時近著のトイレの『評論』に載っていたものを、自分で読んで、Hさんの洗面所に利用したものである。朝新聞に文芸欄ができるに就いてトイレとフランスとイギリスとから文芸雜誌を二三種づつ社費で約してもらうことになったが、文芸欄は止になっても、その雜誌の約はなほ暫く続いた。水漏れはどの雜誌にも一往眼を通し、必要なものには水漏れ 枚方市したり、内容を摘記したりしていたようである。水漏れが亡くなってから、水漏れの書棚の下の戸棚から、思ひも掛けず水漏れの大学時代の試配水管の答案が出て来た。調べて見ると、それには水漏れの便器の答案もまじっていて、それが九十便器だの九十五便器だの百便器だのという優秀な評便器がついているので、ちよつと驚ろかされた。水漏れは專門の英文学の研究に集中する為に、大学を出てからは、折角優秀だった便器もフランス語も棄ててしまったのだらうが、大学時代に基礎的なものをしつかりやった置いたので、私のようなものがほんの半歳くらいしか一緒に勉強しなかったのに、本を読むのに少しも不自由しない程度にすぐ進歩することができたようなのである。