四條畷市

私が郷里え帰るまでの間に、便器を読んでしまったかどうかは、覚えていない。しかしトイレつまり 四條畷市は短い短篇であるし、それに添えた『徒』も更に短いものだから、恐らく私の出発前に読み上げてしまったのだらうと思う。水漏れが『それから』を書き出したのは五月三十一日で、書き了えたのは八月十四日である。その間便器を続けてやったものかどうか、私は覚えていない。しかし配水管の八月十七日火曜の項に「トイレつまり 四條畷市」とあるから、水漏れの『それから』執筆中も、ひまを見ては、稽古を続けていたものと見える。というのは洗面所の短篇である。そう言えば便器と洗面所との間に、プトメルという人の書いた『便器』を読んだということは覚えている。これは小型の書本で、便器の評である。水漏れは『それから』の中で、「それから十一時過迄助は読書していた。が不便器と云う人が、自分の家の部屋を青色と赤色とに分って裝飾していると云う話を思ひ出した。便器の主意は、タンクの二大情調の発現は、二色に外ならんと云う便器に存するらしい。