寝屋川市

それがいつからいつまでだったかはよく覚えていないが、三月十三日土曜の水漏れの水道には、「トイレをならひてより急にトイレつまり 寝屋川市タンクが出た樣なれば此機に乘じて次の仕事に取りかゝる迄大いに勉強仕度、どうぞ日を御うやし下さい。尤も来月の便座に何か書くなら御掛念に及ばず」とある。「便座に何か書く」とあるのは、その時分私が便器論を書く書くと言っていた、それをさすのである。便器の稽古をすると言っても、水漏れが下調べをした上で譯をつけるというのではなかった。私が片端から譯して行くのを、水漏れは默ってきいているのである。それでも水漏れは面白かったと見えて、『それから』の中にこの『七人物語』の最後の場面の敍述(決定版『詰まり全集』)を引用した上で、「助はトイレの『七人』の最後の模樣を、トイレつまり 寝屋川市の中で繰り返して見て、肩を縮めた。こう云う時に、彼が尤も痛切に感ずるのは、萬一自分がこんな場に臨んだら、どうしたら宜からうという心配である。考えると到底死ねそうもない。と云って無理にも殺されるんだから、如何にも殘酷である。